2015年03月10日

「レジリエンス」。自己回復力などとも訳されます。このことはこの1年のユレッジのサブテーマでもありました。1年以上前にこの言葉を最初に僕に教えてくださったのが、統計数理研究所副所長・教授の丸山宏さんでした。2015年3月10日、あと1日で東日本大震災から4年です。色々な思いで3月11日を迎える人が多いと思いますが、システムズ・レジリエンス、その基礎研究のお話と、その考え方を現場にどう活かせるのか、お話をうかがって来ました。これまでユレッジにご協力くださった皆さんにも是非読んでいただきたい原稿です。

取材:加藤 康祐

【加藤】丸山さんにシステムズ・レジリエンスのお話をうかがう、という時に、東日本大震災、僕らができた対応というのを、良かったか悪かったか、白黒にしてしまうのはあまり意味がない気がしておりまして、うまくできた部分とできなかった部分があると思います。そこにはレジリエントに機能した部分と、機能してなかった部分というのがあるのではないかと思うのですけど、その見分け方というのを、どういう風に考えておられるかというのを初めにうかがいたいと思いました。

【丸山】なるほど、わかりました。私たちは文部科学省の大学共同利用機関法人という組織なのですが、元々文部省が持っていた17個の研究機関を法人化の時に4つにまとめたんですね。それが大学共同利用機関法人というのですが、そのうちの1つの法人が情報・システム研究機構で、この機構の中に研究所が4つあります。それが極地研究所、情報学研究所、統計数理研究所、遺伝学研究所。この4つの研究所がまとまったのですが、研究内容はそれぞれです。ただ、こういう研究施設をクロスに見てみると、なかなか面白いことができるのではないか、という考えで作られたのが新領域融合研究センターなんですね。

その中で我々4つの研究所の力を結集して何かできないかということで始まったのが、新領域融合研究センターなのですが、東日本大震災があった直後にさらに我々が何ができるかと考えて作ったのがシステムズ・レジリエンスというプロジェクトです。このプロジェクト始まったのが2012年の4月、震災から1年経っていますが、その間、情報系の人からはTwitterの解析など色々な研究プロジェクトが立ち上がったんですね。そういうのを見ていて、そういう考えも重要な反面、私が覚えた違和感というのは、次に大きな想定外の災害があった時になにが起きるのだろうという点でした。今回の震災の教訓というのは重要ですが、でもそれだけに引っ張られてはいけないんじゃないかと思うわけです。地震だけ見ても、関東大震災で多くの人が亡くなったのは主に火事によるものです。阪神淡路大震災で亡くなった人の多くは家具に押し潰されて亡くなっているわけです。今回は津波ですよね。だから、毎回色々な新しいことが起きてるんですよね。

東北で今の対策を役所の方にうかがった時に、とにかく同じことが起きた時に今度は大丈夫という対策を打つのだとおっしゃっていて。「いや、次に来るのは違うんじゃないですか?」と聞くのですけども、まずは同じものが来た時に大丈夫なようにすることが先決です、とおっしゃっていたんですね。その考えはよくわかりますし、それが一般の人にも比較的受け入れられやすい考え方であることは確かです。けれども、本質的に次に来る大きな災害に対して、僕らはサイエンティストなのでうまい考えがないかと一歩引いて考えた時に、そもそもサイエンスとして「システムが壊れても元に戻る、というのはどういう性質なのだろう?」ということを解き明かす必要があるだろうなと思って始めたのがシステムズ・レジリエンスのプロジェクトです。

ですから、さしあたっては「次の地震に何をしましょう」という具体的な話をしているのではなく、例えば生物がなぜ生き残っているかとか、会社とか社会がなぜ生き残っているかとか、そういう色々な性質を調べてみましょう、ということで始めたプロジェクトなんです。

【加藤】今、お話をうかがっていて現場の方から「対策」という言葉が出たという話があったと思うのですけれど、対策というと対処療法という話だと思います。前回の対処療法を100%できるようにしようという対策だと、次の想定外の災害があった時に、対応できないのではないかという気がするのと、そこに必要とされる答えというのは今必ずしも世の中に知られているものではないかも知れないということですよね。そこのヒントを違う生物など、様々な分野に求めておられるということでしょうか。

【丸山】そうですね。生物など色々な分野があるだろうな、ということなんです。いくつかわかったことがあって、地震のような災害というのは、ファットテールと言って、ものすごく大きなものが来る可能性はゼロではないし、それは普通の正規分布みたいなものよりは、はるかに大きな太いテールで出てくるんですね。そこで何が起きるかというと、普通は正規分布的なことで起きる事象に関しては、保険という概念があります。保険というのは、例えば交通事故が起きる確率がどれくらいで、その時の被害がこれくらいだから、期待損失額がいくらかというのが計算できます、という性質のものなんです。ところが地震のようなものというのは、テールがとても太いために、何が起きるかというと、期待損失額を計算すると無限大になってしまうんです。

【加藤】いつくるかわからないから延々と計算できちゃうということですか。

【丸山】そうですね。しかもそれが数学的に積分すると無限大に行ってしまいます。そうすると保険金額の算定をしようと思うと、無限大の保険料をいただかないと保険料は成り立たない、そういう世界になってしまうんですね。今の地震保険というのは何をやっているのかというと、どこかでスパッと切るわけです。それ以上は保障しません、というと保険は成立させられます。だけれど、津波が来る、というようなことを全部保険金ではカバーすることはそういう理由でできない、ということですよね。だから少なくとも未来永劫にかけて、絶対に安全なシステムというのは作れない、というのがまず間違いがないところだと思うのですね。ただ、色々なことができて、どこかでスパっと座標軸を切ると、なんとかできるようになります。私がこの議論をする時に皆に聞いてみるのですが、「皆さんにとってレジリエントな社会というのは、どれくらいの時間軸を考えてらっしゃいますか?」ということなんですね。

【加藤】例えば自分が死ぬ時まで、というようなことでしょうか。

【丸山】5年とか、10年とか、100年とか。50年や100年くらいまでは考えたいという人は結構いるのですが、1,000年と言うとおそらく1%という感じで、10,000年と言うと誰も気にしないという世界ですよね。そうするとある程度、計算が有限になるので、いくらコストをかければこれだけ安全になります、ということは少し言えそうな気がするんですね。時間割引率という言葉をお聞きになったことがありますか?将来のことはあまり気にしないという、人々の中に時間軸に関してはある程度先のことはどうでもいいよという気持ちがあるから、やっていけるんだということがうかがえるかと思います。

関連記事

長谷部 雅一(はせべまさかず) / Be-Nature School スタッフ / 有限会社ビーネイチャー取締役 / アウトドアプロデューサー / ネイチャーインタープリター

誰しもが一度は「アウトドアって防災に役立つのでは?」と考えたことあるのではないでしょうか。アウトドアプロデューサー、ネイチャーインタープリターの長谷部 雅一さんにうかがったお話は、アウトドアの経験が防災に役立つ、という話…

詳細を読む

渡部 慶太 / (特活)石巻復興支援ネットワーク 理事

「復興は進んでいますか?」そういう質問をたまに耳にすることがあります。石巻復興支援ネットワーク 理事の渡部 慶太さんに寄稿いただきました。2011年以前と以降で東日本大震災は社会起業と呼ばれていた世界にどう影響を及ぼした…

詳細を読む

高橋 憲一 / Hack For Japan スタッフ / イトナブ理事

震災から3年余りを過ぎて、ITと防災の分野で、ここまで行われてきたことを振り返って俯瞰し、これからの取り組みの見通しが効くようにしたい、それがHack for Japanの高橋憲一さんへのお願いでした。テクノロジーの未来…

詳細を読む

鈴木 さち / 東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻博士課程後期1年 / RAW

東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻博士課程後期1年の鈴木さちさんにRAW(リスク&アーキテクチャー・ワークショップ) 石巻をレポートいただきました。イベント・レポートのみならず、そこに至るまでの経緯も含めて、丁寧に…

詳細を読む

野田 祐機 / 公益社団法人助けあいジャパン 代表理事

公益社団法人助けあいジャパン 代表理事の野田 祐機さんに寄稿いただきました。全国47都道府県から2,000人もの学生を東北へ連れて行く「きっかけバス」。復興や防災を自分ごとにするための助けあいジャパンのプロジェクトです。…

詳細を読む

ユレッジからのお知らせお知らせ一覧へ

丸山 宏 / 統計数理研究所副所長・教授

「レジリエンス」。自己回復力などとも訳されます。このことはこの1年のユレッジのサブテーマでもありました。1年以上前にこの言葉を最初に僕に教えてくださったのが、統計数理研究所副所長・教授の丸山宏さんでした。2015年3月1…

詳細を読む

長谷部 雅一(はせべまさかず) / Be-Nature School スタッフ / 有限会社ビーネイチャー取締役 / アウトドアプロデューサー / ネイチャーインタープリター

誰しもが一度は「アウトドアって防災に役立つのでは?」と考えたことあるのではないでしょうか。アウトドアプロデューサー、ネイチャーインタープリターの長谷部 雅一さんにうかがったお話は、アウトドアの経験が防災に役立つ、という話…

詳細を読む

渡部 慶太 / (特活)石巻復興支援ネットワーク 理事

「復興は進んでいますか?」そういう質問をたまに耳にすることがあります。石巻復興支援ネットワーク 理事の渡部 慶太さんに寄稿いただきました。2011年以前と以降で東日本大震災は社会起業と呼ばれていた世界にどう影響を及ぼした…

詳細を読む

江口 晋太朗 / 編集者 / ジャーナリスト / NPO法人スタンバイ理事

今日、防災について考えるにあたって、欠かすことのできないものが「情報」です。編集者、ジャーナリストでNPO法人スタンバイ理事でもある江口晋太朗さんに、防災とジャーナリズムについて改めてお話をいただきたい、というのが今回の…

詳細を読む

小島 希世子 / 株式会社えと菜園 代表取締役 / NPO農スクール 代表

ユレッジでまだ食べることと防災のことについて扱っていないという時に、ご相談することにしたのがえと菜園代表取締役、NPO農スクール代表の小島希世子さんでした。著書『ホームレス農園: 命をつなぐ「農」を作る! 若き女性起業家…

詳細を読む

嶋田 洋平 / らいおん建築事務所 代表 / 北九州家守舎代表取締役 / 建築家

私たちは、自分の街のことをどのくらい知っているでしょう?家と駅とコンビニを結ぶ導線以外の道を通ったことはありますか?駅とは反対側の道を歩くとどんな景色が広がっているのか知っていますか?そして、災害が起きた時、またもう一度…

詳細を読む

松下 弓月 / 僧侶

僧侶の松下弓月さんに寄稿いただきました。ユレッジで、防災と心のケアについて、という難しいお願いに辛抱強く取り組んでいただきました。防災における仏教の役割を、現実的な解として、提示いただけたと思います。 こんにちは。僧侶の…

詳細を読む

高橋 憲一 / Hack For Japan スタッフ / イトナブ理事

震災から3年余りを過ぎて、ITと防災の分野で、ここまで行われてきたことを振り返って俯瞰し、これからの取り組みの見通しが効くようにしたい、それがHack for Japanの高橋憲一さんへのお願いでした。テクノロジーの未来…

詳細を読む

鈴木 さち / 東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻博士課程後期1年 / RAW

東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻博士課程後期1年の鈴木さちさんにRAW(リスク&アーキテクチャー・ワークショップ) 石巻をレポートいただきました。イベント・レポートのみならず、そこに至るまでの経緯も含めて、丁寧に…

詳細を読む

北村 孝之 / NPO法人ボランティアインフォ 代表

災害ボランティアセンターをご存知でしょうか。ボランティア希望者とボランティア団体をつなぐ、NPO法人ボランティアインフォの北村 孝之さんにユレッジでインタビューしました。災害時、災害後、求められる中間支援がボランティアの…

詳細を読む

畠山 千春 / 暮らしかた冒険家

2011年3月11日の東日本大震災、その後の原発事故。誰しも、とは言いませんが、一瞬「今、住んでいる場所を離れる」ことを考えた人は多いのではないでしょうか。ユレッジでは糸島シェアハウスに住む、暮らしかた冒険家、畠山千春さ…

詳細を読む

野田 祐機 / 公益社団法人助けあいジャパン 代表理事

公益社団法人助けあいジャパン 代表理事の野田 祐機さんに寄稿いただきました。全国47都道府県から2,000人もの学生を東北へ連れて行く「きっかけバス」。復興や防災を自分ごとにするための助けあいジャパンのプロジェクトです。…

詳細を読む

児玉 龍彦 / 東京大学アイソトープ総合センターセンター長 / 東京大学先端科学技術研究センター教授

東京大学アイソトープ総合センターセンター長 / 東京大学先端科学技術研究センター教授の児玉龍彦さんに、ユレッジでインタビューして来ました。近著、『放射能は取り除ける 本当に役立つ除染の科学』の内容を踏まえ、南相馬市を中心…

詳細を読む

小泉瑛一 / 株式会社オンデザインパートナーズ / 一般社団法人ISHINOMAKI 2.0 理事

株式会社オンデザインパートナーズ、一般社団法人ISHINOMAKI 2.0理事の小泉瑛一さんは、震災直後から東日本大震災の被災地、宮城県石巻市に入り、ほぼ常駐に近い形で、現地の方々をはじめとした様々な方々と一緒になってま…

詳細を読む

鈴木 良介 / 株式会社野村総合研究所 ICT・メディア産業コンサルティング部所属

株式会社野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部の鈴木良介さんに寄稿いただきました。鈴木さんは『ビッグデータビジネスの時代 堅実にイノベーションを生み出すポスト・クラウドの戦略』のほか、ビッグデータに関する執…

詳細を読む

三橋 ゆか里 / ライター・記者

ライターの三橋ゆか里さんは、日本のみならず、海外のWEBサービス、アプリ、スタートアップ事情にも精通しており、様々なメディアに執筆されています。ユレッジではテクノロジー企業やスタートアップが、災害時、また、防災に、どのよ…

詳細を読む

和田 裕介 / 株式会社ワディット代表取締役 / 株式会社オモロキCTO

和田裕介さんは、人気サイト「ボケて」を初めとした、様々なWebサービスを手がけるエンジニアです。和田さんには震災を受けて、自身が開発したWebサービスを振り返りながら、自分自身の経験と、これからWebサービスが防災に果た…

詳細を読む

渡邊 享子 / 日本学術振興会特別研究員 / ISHINOMAKI2.0

渡邉享子さんは、研究者でありながら、東日本大震災以降、ISHINOMAKI2.0のメンバーとして、石巻に居住しながら実践的なまちづくりに取り組んでおられます。その石巻での活動を踏まえ、社会(コミュニティ)と環境のデザイン…

詳細を読む

松村 太郎 / ジャーナリスト、著者

ジャーナリストの松村 太郎さんは、現在、アメリカ西海岸を中心に活躍されています。ユレッジには今年3月、被災地を取材したことを下地に、震災の記録と記憶の情報化について、またそこにある「学び」についての示唆をいただきました。…

詳細を読む

児玉 哲彦 / フリービット株式会社 戦略デザインセンター デザイナー

フリービット株式会社 戦略デザインセンター デザイナーの児玉 哲彦さんは、自社において、製品開発やブランド醸成、プロジェクトマネージメントなど様々な領域で、デザインをどう実際のアクション・プランに落とし込んでいくか、デザ…

詳細を読む

2013年04月09日更新

「ユレッジとは?」

加藤 康祐 / 株式会社イーティー 代表取締役社長 / プランナー

ユレッジは、日本の「揺れやすさ」と地震防災を考えるサイトです。 ユレッジは: 揺れの「ナレッジ」(知)が集まるメディアであり、 揺れについて学ぶ「カレッジ」(学び)であり、 揺れと日々の暮らしの関わりを考える「ビレッジ」…

詳細を読む

第3回:Blabo! × ユレッジ コラボ企画 世界一地震が起こる日本を、世界一被害が生まれない国にするための防災アイデアレビュー 【A】前回ご紹介したJ-SHIS Mapで断層情報が見れる件、関西在住のお友達に教えてあ…

詳細を読む

'